神奈川県・箱根町【見晴茶屋 兎月】蕎麦屋は拘りがなくちゃおしめぇよ。兎月そば 

【見晴茶屋 兎月】
総合評価
( 5 )
メリット
  • こだわりのお蕎麦が堪能できる
  • 景色がいい

蕎麦は江戸時代から庶民の胃袋を支えてきた、日本のソウルフードだ。現在はチャチャッと食べられる立ち食いそば屋から、水から拘りぬいた高級志向のお店など全国に広がっている。

私は蕎麦好きだが、バカ舌なので美味しい蕎麦が分からない。先日、スーパーで売っている300円程度の乾麺の蕎麦が美味しくて、「みなしゃん、ごきげんよう。」と井上陽水の真似をしてしまった時、さすがにこのままでは日本人として、大人として、恥ずかしいだろう。と右頬を思いっきり引っ叩いてやった。蕎麦の味が分かってこそ本物の大人ってやつだ。危ない。このまま還暦を迎えていたらただのクソジジイになる所だった。

冷凍庫から取り出した保冷剤を頬に当て、気付けて良かったと安堵した。しかし、どこに行けば美味しい蕎麦を食べられるのだろう?日本三大蕎麦と言えば、長野、島根、岩手と言われているが、日帰りで行くには遠すぎる。

江戸時代、蕎麦、庶民のキーワードをヒントに考てみるとするか。木目のフローリングに寝転び、保冷剤を額に乗せ目を瞑る。フローリングは少々固いが背中が冷んやりして気持ちがいい。

「江戸、庶民、蕎麦、日本橋、京都」と連想ゲームのようにブツブツと呟いていると、ふとある場所が思い浮かんだ。そうなるとあの場所か。身体を起こすと保冷剤はボテっと太腿に落ちた。旅人を泣かせてきたあの場所へ行けば、きっと美味しい蕎麦屋があるはずだ。ポケットにPIKOというブランドの財布と車の鍵を突っ込みすぐにボロ団地の玄関を開けた。

少し長旅になるが頼むぜ相棒!車の鍵を捻ると「キュルルルルルルぶぉん」と不安気な声が返ってくる。今の時代は実に便利だ。車という鉄の塊が、アクセルを踏めば馬よりも速く走り、暑くなればクーラーを付けて身体を冷まし、退屈になれば音楽を聞く事ができる。

この、わずか2人分程の狭い空間には、様々な技術が詰まっており、今尚進化し続けている最中だ。車は今後どうなっていくのだろう。空を行き交う時代がくるのだろうか?それは後の楽しみにしておこう。ボロ車はいつの間にか高速道路を下され、小田原箱根有料道路を走っていた。

そこからナビに従い県道732号線(東海道)に入ると、いよいよ本格的な山道となる。暫くは緩やかな坂だったが、登っていくに従って坂が急になってくる。ボロ車は大蛇の通り道のようなグネグネした道を、「まったくもぉぉぉぉぉおおお!!!」と半ばヤケクソ状態になってるかの様に激しい唸りをあげている。無理もない、ここが〈天下の難所〉と呼ばれた旅人泣かせの旧箱根街道だ。当時の人々も「まったくもぉぉぉぉおおお!」とヤケクソになって山を越えていたに違いない。

しかし凄い道だ。今の時代、歩いて日本橋から京都まで辿り着ける者は何人いるだろうか。私だったら銀座辺りでゲロ吐いてリタイヤしているはずだ。当時の人々の底知れぬ体力と距離感覚は常軌を逸している。

箱根七曲りを登り切ると、左手に目的地【見晴茶屋 兎月】がある。見晴茶屋と言うので甘味処だと思うかもしれないが、こちらは蕎麦屋である。なんでも以前はお茶屋をやられていたらしいが、コロナ禍で経営不振になってしまい【見晴茶屋 兎月】がこの場所を引き継いだそうだ。

2022年11月26日に開店したばかりの新しいお店。車を降りると、涼しさと濃い空気の香りが身体を包み、標高の高さを感じられる。入口に垂らされた白い暖簾を潜ると、古民家をリノベーションした新しい様な、どこか懐かしさを感じる様な、温故知新の造りに自然と心が落ち着いた。

割烹着を着た男性スタッフに案内された左奥の座敷は、窓側に向かってL字型のカウンターテーブル、足元は掘りごたつのようになっているので、そのまま足を下ろすか正座をするかで、景色を楽しみながら座れるようになっている。テーブル上にメニュー表が用意されており、メニューを開くと、かけ、もり、天ぷらそば、海苔そば、しらすぶっかけ蕎麦など8種類のそばがある。

見晴茶屋 兎月】は蕎麦粉にも拘りを持っているので、その時のいい物しか使わないそうだ。この日は北海道産と鹿児島産の蕎麦粉を使っていると説明を受け、どちらにするか尋ねられてしまったので

あの〜、私の事、違いが分かる男だと思われて話されておりますが、私にはどっちがどうなのか全く分からない

と伝えると、冷たいそばであれば2種類用意してくれると言うので、期待を込め1番高い天ぷら蕎麦(メニュー表だと天喜)2640円を注文した。“うちはね、その時の良い蕎麦粉しか使わない。”くぅ〜!かっけぇ〜台詞!これが本物の蕎麦屋ってやつか。

今までに来た事ないパターンの店だ。しかし、その時の良い蕎麦粉ってどこに行けば教えてくれるんだろう。私にはYahoo知恵袋で質問する以外思いつかない。きっと独自のネットワークがあるのだろう。

蕎麦は小麦粉2蕎麦粉8の二八蕎麦。

つゆは天然水を使用し、何週間も時間をかけて熟成させたものを使っている。きっと打ち方や茹で方にも相当な拘りがあるはず。ここの店主はどこで修行されてた方なんだろう。……とんでんか?割烹スタッフが先につゆや薬味をテーブルに置く。その後、醤油皿に粉を少々乗せたものを静かに置いた。

こ…これは……鼻から吸うタイプのヤバイ粉か?と思わず割烹着スタッフを睨んでやった。割烹着スタッフは私のリアクションを待っていたのだろう。嬉しそうに粉の説明を始める。

こちらは竹炭塩と言い、冷たい蕎麦にパラパラとかけて食べると甘みが増しますのでお好みでどうぞ。

誠か?こんな見た事ない色をした粉を塩だと言われても素直に受け入れる事が出来ない。半信半疑の私は、その物を見せるよう伝えると、割烹着スタッフは“待ってました!”と言わんばかりにその物を私の前に出した。

竹炭塩と言うそのものは、灰色の円柱形をしており、どこからどう見てもお地蔵様の頭部だ。けしからん!!なんとも罰当たりな!!一瞬にして頭にカッと血が昇る。はっ!!いかん、ここは一旦アンガーマネージメントしなくては。人は6秒経てば怒りが収まる傾向があるらしい。スーハースーハー鼻から息を吸って口から吐く。

この手法はシステマだ。アンガーマネージメントとシステマのダブルで気を落ちつかせる。私がアンガーシステマで怒りを落ち着かせている間、割烹着スタッフは“竹筒に塩を入れて焼いた”とかなんとか説明していたが私の耳には届かなかった。蕎麦と天麩羅が運ばれて来た頃には私の怒りはすっかり落ち着いていた。

どれどれ拘りの強い蕎麦とはどんなものなのか、拝見しようと思ったが蕎麦より先に器に目がいく。ほぉ。器から楽しませるタイプのお店か。こんな形をした煎餅をどこかで見た記憶がある。

見晴茶屋 兎月】は四角い底にザルが敷いてある蕎麦容器は使わない。素人目でも分かる高そうな器の中に、“ちょこん”とお上品にお蕎麦ちゃんが座らされているだけ。そのお蕎麦ちゃんも、今まで出会った事がないほど透明感のある綺麗な肌をしており、見惚れてしまう。同じ細さに整えられたお蕎麦ちゃん。さすが貴族の出だと納得させられた。

先に運ばれてきたお蕎麦ちゃんは、鹿児島県、薩摩藩の出身だと言う。先程いただいたお地蔵様の削りカスのような竹炭塩を3本の指先で摘み、一度眉間まで寄せ偲んだ後、“ちょいとごめんよ”と満遍なくお蕎麦ちゃんに振りかける。そして優しく箸で4〜5本掬い上げてからズズズと一気に吸い込む。こ…これが、蕎麦なのか!なんだこの食感。

ボソボソしていないじゃないか。普段食べているスーパーの蕎麦と全然違う。なんと表現をすれば良いのか難しいが、シコシコ?ムニョムニョ?に近い食感で、ほのかに甘みがある。次につゆに浸し食べてみると、このつゆがまた凄い。

おそらく鰹出汁とみりんと醤油をベースに作られていると思うが、口にいれた瞬間、香りとコクと甘みでパンパンになる。これはすごいな。馬鹿舌の私でも蕎麦のすごさが分かる。薩摩藩のお蕎麦ちゃんにすっかり夢中になっていると、山間から吹き抜ける風に、頬を撫でられたので顔を上げる。蝉の合唱、深い緑の山々、高い雲。蕎麦の美味い季節。あぁ、夏だな。としみじみ感じる。

今年も夏が来たんだな。ここでふと、私はある事に気が付き店内を見回してみる。やはりな。エアコンが無い。窓を開ければ天然クーラーって訳だ。人工的に冷やされた風はどうも身体に合わない。

エアコンを置かない拘りもますます【見晴茶屋 兎月】が気に入った。おっと、あれこれとよそ見をしてしまったせいで天麩羅の存在を忘れていた。こちらも天麩器が素晴らしい。こういう食器はどこで売ってるんだろう。まず100均ではこんな素敵な食器見た事ない。これも独自の入手ルートがあるのだろう。

盛り付け方も芸術的で、こちらはそれぞれの天麩羅が綺麗に立たされている。こんなに綺麗に整列された天麩羅はいまだ見た事がないので、「何これ〜♡やだ〜♡立ってる〜♡かわいい〜♡天麩羅ってこんなに立つ食べ物なの?」と年甲斐にもなく1人でキャッキャはしゃいでしまった。ではまず、珍しいトマトの天麩羅から口に頬張る。

すると、今まで何かを我慢していたのかの如く、ぶっしゃゃゃやとトマ汁が飛び出た。危ない。冷めていたので火傷は魔逃れたが、熱々だったら大火傷していただろう。トマ天を食べる際は貴方も注意してほしい。

天麩羅の量もかなりあるので、次は何を食べようかと迷ってしまう。よし、次は舞茸にしよう。箸で掴んだだけでサクサク感が伝わる。残しておいた竹炭塩をちょこんと付け、笠の部分を一口噛むと、ポテトチップスに似た“サクッ”と音が骨を伝わり脳に響き渡る。こんなに上手に揚げられた天麩羅は食べた事がない。

美味すぎてシェフを呼んで頬を好きなだけ引っぱ叩いてもらいたい気分だ。やはりこれはとんでもない店を発見してしまったようだ。

こんなに拘りが強いのに1番高いメニューで2640円

もり、かけ蕎麦1100円、しらす梅干ぶっかけそば(百花)1650円、海苔蕎麦(海香)1540円と比較的リーズナブルな値段のメニューもある。

始め庶民の私には高いと思ったが、実際に食べてみると値段以上の価値が十分あると感じられるた。これはコスパいい。

そろそろ鹿児島県出身のお蕎麦ちゃんとお別れを迎えそうな頃、タイミングを見計らっていたかのように北海道出身の新たなお蕎麦ちゃんがやってきた。これまた素敵な器の中央で品良く座っている。

しかし、この器を作った職人は、どうしてこの形を作ろうと思ったのだろう。発想が天才だ。そしてこの器に蕎麦を盛ろうと思った店主も天才だ。

果たして天才×天才の芸術が凡人に理解出来るのか?答えは………………“YES”だ。なぜなら、天才達は凡人にも分かるように作品を作ってくれてるからだ。まず、見ただけで鹿児島県産と北海道産の蕎麦が違う物である事がわかる。

北海道産の方が色が薄い。蕎麦粉の量は二八で変わらないはずなので、蕎麦粉が別物だという証拠だ。(っと言いましたが、詳しくは割烹着スタッフに聞いて下さい)香りは鼻炎アレルギーなので分からない。

鹿児島県出身お蕎麦ちゃん同様に、竹炭塩を一度眉間に近づけお地蔵様を偲んだ後、北海道お蕎麦ちゃんに優しくサラサラと振りかける。お蕎麦ちゃんを目の高さまで持ち上げ、見つ目合った後、ゆっくりと目を閉じそのまま口にシュルルルル。と吸い込む。五感を北海道お蕎麦ちゃんに全集中させる。

口の中で踊る北海道お蕎麦ちゃんはもちもち感と弾力でリズミカルに舞う。水々しい。なんて純粋な子なんだろう。このまま黒蜜ときな粉をかけても美味しそうだ。

恐るべし。これが本物の蕎麦か。薩摩お蕎麦ちゃんと道産子お蕎麦ちゃん、同じ蕎麦だが見た目も性格も全然違う子達だ。なるほど、これが蕎麦の違いか。

これで私も、漸く蕎麦の味が分かる大人になったと言うわけだ。貴方も大切な人と一緒に、【見晴茶屋 兎月】で拘りの詰まった美味しいお蕎麦を食べてみてはいかがでしょう。

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